娘との関係修復にアウトドア

アウト道
イルカが取り持つ親子の絆

 娘は小学6年生になる。思春期の入口だ。特に、父親との関係構築に関して、繊細さを必要とする時期のようである。

 うちの場合、比較的良好な関係を保っているつもりでいたが、どうも最近調子がおかしい。以前と比べて、相手が意識的に距離を置こうとしているのがわかる。パンツ1枚で家の中をウロウロするからか、胸が膨らんできたことをからかうからか…。原因はわからないが、ほっておくわけにはいかない。

 忙しい仕事を続けてきたので、娘とのコミュニケーションはウィークデイの食卓ではなく、もっぱら週末の野外だった。乳飲み子のころからキャンプには連れ出していたし、3歳の夏にはボートの運転をさせていた。毎年、夏休みには無人島に行って海水浴をするのがお決まりのパターンである。母親が船に弱いこともあって、大抵は2人きりだ。そこで、学校のこと、友だちのこと、好きなタレントのこと、部活のことなどを一気に聞き、一気に話す。少なくとも、これまではそうしてきた。少し、自信は揺らぎつつあるが「こんな時はアウトドア、自然の中ではしゃぐに限る」と自分に言い聞かせる。

 蝉の声もいくらか疲れを見せ始めた8月後半の土曜日。クーラーの効いた部屋で、期待せずに聞いてみた。

「明日、海に行くか」

 一瞬、考えている様子だった。そうか、やっぱりダメか。最近は、親と出掛けるより、友だちと遊んでいる方が楽しそうだもんな。考えてみれば自分もそうだった。当然の流れだろう。

「うん、行く。釣り?」

 意外なリアクションに、一瞬ひるんでしまった。具体的なプランなど、まだ何もない。勢いで誘ってみただけなのだ。ソファーから飛び起きて、新聞の天気欄に目をやる。明日は晴天。しかも、太平洋高気圧にすっぽり包まれ、等圧線の間隔もとてつもなく広い。つまり風がない。波もない。天気がよく、風と波のない日が休みの日と重なる確率は極めて低い。これは、神様の思し召しだろう。

「イルカウォッチィングに行こう。それからルアーでシイラ狙いだ」
「楽しそう! お弁当作って行こうよ。お母さんに日焼け止めも借りなきゃ」

 翌日は、案の定、寝坊した。弁当どころではなく、寝グセを残したまま車に飛び乗り、天草の樋合島にあるマリーナを目指す。出港の時間は9時をまわり、強烈な日差しが照りつけていたが、油を流したようなベタな海面を走り始めると、気持ちよく汗が蒸発を始めた。

「気持ちいいね」

 4号橋のたもとから真西へ40分ほどで、通詞島が見えてくる。10隻を超える船団。間違いなく、イルカウォッチングの船だ。観光船の邪魔にならないように背後からゆっくり近づく。

「あ、いた! すごい、いっぱいいる。もっと右、右から回って」

 いつになく、無邪気にはしゃぐ声が懐かしく聞こえる。
 その後、富岡沖で潮目の浮遊物に向かってキャスティング。ルアーを追いかける色鮮やかな魚体にも興奮しながら、夏の一日を終えた。

「また、行こうね」
 帰りの車の中で、娘のひとこと。
 まんざらでもないようだ。娘との関係修復にアウトドア。

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「アウト道」は、2006年から2007年にかけて、熊本日日新聞に連載されたものです

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