小舟で九州一周の旅

アウト道
自然を相手に遊ぶということ

 6年前の夏、5mほどの小舟で九州一周をしたことがある。海岸線沿いに約1000kmの行程。反時計回りに昼間移動し、魚がいそうなポイントがあれば釣りに興じ、夜は港にボートを舫って防波堤や砂浜でキャンプというスタイルだ。予定では一週間で一周するはずだったが、相次ぐ台風の襲来に悲鳴を上げながらのサバイバル航海で倍の14日を要してしまった。

 海の見識者にいわせると「無謀な」航海に出た理由には、大型のクルーザータイプでなくてもロングクルージングが楽しめるということを実証したかったということがある。ボクのボートには、トイレも台所もベッドない。屋根さえない、むき出しのフィッシングタイプだ。でも、海の上で小用を足し、防波堤の上にテントを張り、ワンバーナーストーブを駆使すれば、九州一周、いや日本一周だって可能なことを証明したかったのだ。それは、15年間、月の半分を海の上で過ごす仕事をしてきたことへのけじめでもあった。

 アウトドアを楽しむには、なるべくシンプルな道具を使う方がいい。機能性の高い、便利なものを持ち込むほど、自然との距離は遠くなる。自然を体感しづらくなる。その意味で、裸ん坊の小さなボートは、限られた休みの中で九州一周を実現させるためには最適の道具だった。もっと時間に余裕があれば、カヌーやヨットを選んだかもしれない。その方が、さらに自然に近づくことができるのはわかっていた。しかし、ボクは冒険家ではない。毎月の固定収入を家族に期待されている普通のお父さんだ。そのしがらみの中でわがままをいうには、2週間が限界だったのである。

 ただし、シンプルな道具を使って自然を相手に遊ぶには「相手」と「自分」を知ることが必須条件になってくる。

  風、雲、雨のこと。海の上であれば、波や潮のこと。そして、使う道具と自分の力量のこと。知識も経験もないのに、大自然の中に飛び込むのは単なる無謀であり、事故の元だ。宮崎沖では、頭の上から波をかぶりながら、4~5mもあろうかという台風の余波の中を走ったが、これも小さいながら信頼できる船と、15年間の海の上での経験があってのことだったと思っている。

 海は怖い。自然は怖い。でも怖いからこそ、日常では感じることのなくなった緊張感をDNAに思い起こさせることができる。 そして、一体感を感じられた時、その感動が全細胞を貫くのだ。家庭のリビングを自然の中に持ち込んだようなアウトドアではなく、ちょっと刺激のある野外生活の話をこれからしていこうと思う。

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「アウト道」は、2006年から2007年にかけて、熊本日日新聞に連載されたものです

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