第2章 食材を見つめる

食べて幸せになる

 以前、雑誌「九州の食卓」で、お粥の特集をしたことがあります。その取材で、禅寺の食事を司る〝典座〟(料理長的な仕事)の方にお話しを聞く機会がありました。

「食事を作る上で、一番大切なことは何ですか?」

 何気なく聞いたこの質問の答えに、衝撃を受けたことを憶えています。

「食材をよく見ることです」

 なるほどぉ〜、見てなかったな〜。その時の正直な感想です。私も日常的に料理をする環境にありますが、使う食材をよく見ているかと言われれば「NO」です。こんな仕事をしていてもです。生産者を訪ねる機会も多く、畑に入ることもしばしば、自分でも家庭菜園程度はずいぶんやったつもりですが、それでもこれから調理しようとするときに、しみじみと素材を見ているかというと「NO」でした。

 でも、ハッとしたということは「じっくり見ることによって、何が見えるか」が何となくわかったということでもあります。それは「畑と食卓をつなぐ」などと大それたキャッチフレーズで雑誌を出してきた成果だと勝手に納得しました。

 それは「思いを置く」ということだと思います。素材そのものの形、色、匂い、触感。そして、育った環境、育てた人の思い。それぞれのことに思いを馳せ、しっかりと向き合い、心を留めるということではないでしょうか。

 私たちは、ものを概念で捉え、分かったつもりになっています。目の前に、トマトがあったとしましょう。そこであなたは何を考えますか。

「トマトでしょう。甘酸っぱくて、好きな野菜の一つかな。サラダによく使うわね。カレーに入れても美味しいし、煮込み料理にもよく使うわよ」

 その通りです。でも、それはあなたの目の前にあるトマトのことですか。トマトの一般的なイメージではありませんか。

 トマトを手のひらにおいて、じっと見つめてみましょう。色ツヤはどうですか。形はどうですか。ずっしりとした、重みを感じますか。香りはどうでしょう。果頂部にはスターマークがありますか? 同じトマトでも、一つ一つ印象は違うはずです。それが、あなたの手のひらの上のトマトです。

 もっとあります。それはどこで作られたものですか。誰が、どんな思いで作ったものですか。

 誰か知らない人が作ったトマトかもしれません。もしかすると、直売所で買ってきたトマト名人の作かもしれませんね。あるいは、親戚のおじさんからおすそ分けしてもらったものかも。作ってくれた人との距離が近ければ近いほど、美味しい気がするはずです。その最たるものは、自分で育てたトマトの場合でしょう。形がどうとか、色がどうとか、糖度や酸がどうのこうのを超越して、「うまい!」と感じるはずです。

 食材に思いを置くと、愛おしさが増し、美味しく感じるようになります。料理する場合も、扱いが丁寧になります。選ぶ際の視点も変わります。その結果、ますます料理が美味しくなります。

 これは、食材に限った話ではありませんが。

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