旅先の好意
さっそく1階の荷揚場で頭から水をかぶり、潮気をとった。強い風が吹き抜ける岸壁で着替えを済ますと、教えてもらったガソリンスタンドに連絡、給油を依頼した。
「よう、こんな時に、こんなボートで来たのぉ」
川崎石油のおじさんは、油のしみ込んだ指と赤銅色の丸顔がいかにも南国の人という感じである。小型の和船も持っているということで、釣りに関する情報も色々と教えてくれた。
「でも、これじゃ釣りにはならんわな」
今にも降り出しそうな真っ黒い空を見上げて、おじさんが結論付ける。
「ここには温泉もあるけん、入りに行ってきたらどうや。車はうちのを使ったらよか」
またまた、心に沁みる。でも、この日は疲れ果てていて、温泉に行く気力もなかった。どうせまた何日か足留めをくいそうなので「明日にでも借りに行きます」と自宅の場所を教えてもらっておじさんと別 れた。
内之浦はロケットの打ち上げ場がある町として知られている。ただし、陸路からのアクセスは決して良い場所ではなく、鹿児島市内からでも3時間近くかかる。どちらかというと陸の孤島的な場所だ。その分、のんびりとした漁村的雰囲気が今でもあちらこちらに残っていて、路地を歩くとホッとさせられる。白い砂浜と松林が続く美しい海岸もあり、すっかりこの町が気に入ってしまった。
ただし、こういう町の常として、飲食店の閉店時間はすこぶる早い。食事を作る情熱は、もはや微塵も残っていなかったので、急いで夕食を食べに出掛ける。この日始めての食事は、チキンライスと餃子と生ビール。
漁協に戻ると、暗くなった荷揚場でテントを張り、体を横にする。生ビールで少し朦朧となった意識は、ほぼ瞬間的に深い眠りの淵に落ちていった。 (つづく)


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