まずは寝る場所の確保
疲れた。
枕崎から志布志湾・内之浦までの60マイルを、平均時速7.5ノットで8時間。大きなうねりの中で叩かれっぱなし、頭から波を被りっぱなし、ずっと立ちっぱなしである。飯も食わず、小便もせず、口も聞かずで走り続けた。航海灯のマストは吹っ飛び、アンカーハッチのタッピングがガタガタになったものの、どうにか目的の港にたどり着く事ができた。ボストンホエラー17モントークは、本当にすごい船である。
17時30分、内之浦港へ入港。携帯電話で内之浦漁港にコンタクト、着岸する場所を確認して舫いを取る。
本当はその場に転がりたかったがグッと我慢して、着岸した岸壁に面して建っている漁協を訪ねる。全身びしょ濡れ、頭はボサボサ、顔は潮だらけであるが、もうそんなことはおかまいなしである。
「さっき、電話した者ですけど」
対応に出た女性が2人の不審な中年男性を瞬間的に観察した後、「課長~ッ」と上司を呼びに行った。
「台風で動けないもので、しばらくボートを泊めさせてもらえないでしょうか」
「九州一周中なんです」
「熊本から来たんです」
「他に行くところがないんです」
矢継ぎ早に事情を説明。枕崎での経験から、相手に有無を言わせない切羽詰まった状況の演出はうまくなっていた。
課長は半分面白がって、漁協の前の岸壁への停泊を快く許可してくれた。
「できれば、下にテントを張らせてもらえないでしょうか」
漁協の1階は荷揚場になっていて、コンクリー打ちの広いスペースがあるはずだ。
「作業の邪魔にならない場所ならいいですよ。水も使って下さい」
「あ、ありがとうございます」
こんな時の好意は胸にしみる。夜には風雨が強まることは間違いなく、とりあえず雨をしのげる場所にテントを張れるのは非常にありがたいのである。何度もお礼を言い、最寄りのガソリンスタンドの連絡先を聞いて事務所を出た。 (つづく)

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