海の向こうの海のお話

アウト道
船は身近な遊びの道具

 以前、東京の出版社でマリン雑誌の編集をしていた頃の海外取材のお話。

 行く頻度が高かったのは、海洋先進地域といわれていたオーストラリアやニュージーランドなどのオセアニア、スウェーデン、ノルウェーなどの北欧、イタリアや南仏などの地中海沿岸、アメリカのフロリダ周辺、北米やカナダの西海岸など。ただし、空港からレンタカーでマリーナに直行し、そのままボートに乗って海に出ることが大半だったので、一般的な観光地とはほとんど縁がなかった。その反面、観光旅行では訪れることのないような場所に足を踏み入れることも多く、これがなかなか楽しみだった。

 さて、これらの海洋先進地域に共通していたのは、生活圏に隣接した巨大な内水面を持っていたことだった。このことは、小さなサイズの船での遊びを可能にし、したがって誰もが気軽に船に乗ることができ、ヨット・ボート人口が拡大、マリン市場を活性化させ、より魅力的な商品が提供されることにつながっていた。

 また、それは男性だけの遊びではなく、女性や子どもたちの楽しみとしても定着していた。子どもたちは小さい頃から船に乗る機会が多いから、大人になっても自然なこととしてマイボートを持つようになる。家は借家住まい。車はボロボロでもボートは持っているという人が少なくない。週末は家族でクルージングへ出かけ、入り江でアンカーを打ち、食事をして帰ってくる。

 また、ヨットを楽しむ人たちは、ウィークデイのアフターファイブを利用してレースに興じる。オフィスからヨットクラブに直行、革靴をデッキシューズに履き替え、海に出るのである。レース後、クラブでタクティクス談義に花を咲かせ、三々五々自宅へと帰っていく。楽しみ方が成熟しているのである。

 海外のクルージング体験の中でも一番印象深かったのは、オーストラリア・シドニーの北40キロほどに位置するピットウォーターという内陸に細く入り込んだ入り江でのデイクルーズ。入り江の奥にボートで入っていくと、大小さまざまのものすごい数の船が、それぞれの楽しみ方で休日を謳歌する光景に出くわした。両岸は渓谷のように切り立った岸壁で、ところどころに砂浜がある。その砂浜に直接上陸してランチを楽しんだり、ボート同士を舫って船上パーティーを開いたりしている。人工物は一切視界になく、深い緑と水と空の中に包まれているような感覚だった。船の好きな人には、パラダイスのような環境だった。

 われらが郷土の海、天草もここにちょっと似ている。

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「アウト道」は、2006年から2007年にかけて、熊本日日新聞に連載されたものです

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